2005年05月31日

●10日目 - エジンバラ

cow.jpg当分、ライブの予定がないので遠出をする事にしました。今回ブリットレイルパスを購入しているので、期間内はどんな遠くもレイルパスで行けます。

という事で、スコットランドに行く事にしました。目指すは、私が大学2年の時にも訪れたエジンバラ。マンチェスター・ピカデリー駅から、エジンバラまで湖水地方経由で向かいました。ヴァージン・トレインの車内でサンドウィッチと紅茶を楽しみながら、牧歌的な景色を眺め、とても快適なエジンバラまでの旅でした。

royalmile.jpgエジンバラのウェイバリー駅に到着し、マンチェスター滞在中オンラインで予約しておいたシスルホテルへ。ひっさびさのエジンバラ。最初に来たときはどーんよりした天候と、黒く煤けた建物に少々ビビったけど、陽気なスコティッシュにホッとした。相棒はスコットランドは今回が初めて。前から、スコットランドは親切な人が多いよ!!と話していたせいか、実際それを肌で感じて「本当だ、いい所だ。僕はこういう天気大好きだし」と、私よりもエジンバラを気に入った様子だった。なによりも、赤毛の相棒が歩いていても誰も変な目で見ない。

何故か赤毛ってだけでロンドンなどでは道行く人がジロッと見たりしている事、私も気がついていました。前ニューキャッスルに行った時、これはイングランド北部でスコットランドに近いけれども、ここの街の人達はもっとひどかった。特に子供。相棒に向かって「ジンジャーヘアー!」とゲラゲラ指差しながら叫んだりひどかったです。多分悪気はないんだろうけど。そういえば、ニューキャッスルの子供は、私の事もクスクスと笑いながら見てたなぁ。日本人って珍しいのかな?そういう子に限って、こっちがハローとか言うとめちゃくちゃびっくりして真っ赤な顔してうつむくから面白いです。

kilt.jpgホテルに荷物を置いて、早速街にでました。まず、エジンバラ城。しかし、閉館まで30分しかない。しかも、料金が結構高い。ゲート前で躊躇していると、丁度城から出て来たお客が「お£○○分の価値がないわ」と口にしていた。そこで「よし、やめよう!」という事になり、ロイヤルマイルの散歩に出た。自分、今回の旅でせっかくなので行きたい所があったんです。それはネス湖。毎回イギリスに来る度に遠くて行けなかったので、今回は絶対行きたかった。ケイシーも乗り気になった。ロイヤルマイルを歩いていると、丁度ネス湖ディスカバリーセンターというのがあり、下調べに、そこで上映されるネス湖のフィルムを観る事にした。

フィルムは3D眼鏡で見る立体映像。ヒゲのおじさんが進行役で出てくる。このおじさんは有名なネッシー研究家らしい。もう内容は忘れてしまった。ケイシーはバカにするように、ここら辺の3Dの技術はやっぱり遅れてるよななんて言っている。日本に比べたらアメリカも遅れてる所たくさんあるが、確かに3Dはアメリカは進んでいそうだなんて思う。

遠くからバグパイプの音色が聞こえてくるのもスコットランドの街の良い所。この日は合計3人のバグパイパーを見かけた。そして、ケイシーのゴールは「ハギス」を食べる事。早速パブに入って、ケイシーはハギス、私はストロガノフ、相棒は何か(忘れた)を食べた。
ハギスは私も初めて見た。もっとこうボンレスハムみたいな外見をしているのかと思ったら、そのパブで出たものはハンバーグをグチャグチャと潰したようなもの。パブの人が言うには、最近はこういう形のものが普通になってるとか? 後日、マークス&スペンサーに言ったら、さすが、出来合いのハギスまで売っていた。そういえば以前、スコットランドでは、子供達にハギスはどうやって作るの?と聞かれた時、ハギスという動物の肉から作ると言うと聞いたのです。なので、学生時代にエジンバラに来た時、空想の生き物「ハギス」のぬいぐるみが売っているのを見ました。その時買わなかった事を後々後悔したので、今回は買おうと思ったがどこにも売っていませんでした。気がつかなかっただけかな…。

2005年05月30日

●9日目 - マカレスフィールド

urbis.jpg昨日の予定を繰り越して今日お墓参りに行く事になった。ケイシーはお墓参りには興味ないと行って、一人でマンチェスターの町に出て行った。

再びマークと待ち合わせ。もう一つ見たかったURBISでのセックス・ピストルズ展。マークもURBISにはまだ行った事がないし、興味あるといって3人で出かけた。特別展の為、£3の入館料を払って中に入ると、まず、ジョニー・ロットンが着ていたガーゼのシャツ。その他にも、プロトタイプのビビアン・ウエストウッド制作の服飾品が展示されたり、ビデオ、ポスター、写真などが展示されていた。もともと相棒はピストルズのファンだったのですごい大喜びで一点一点感慨深そうにじーっくり見ていた。

そのURBISを後にし、マンチェスターピカデリー駅からお墓のあるマカレスフィールドに出発。前回も実はイアンのお墓参りをしていた。しかし、その時は車だった。今回は電車。地図も見ていないし駅からお墓まで行き着けるんだろうか?と思いつつ出かける。しかし、電車に乗る前に、マークが「僕が取材うけたDJの雑誌、もう発売されてるはずなんだ」と、その雑誌を探しまわる。駅近くのお店でやっと発見し、電車の中で三人で確認。おぉ〜!!載ってる!!
友達が雑誌に載っててちょっと変な感覚。イギリスから帰る間際、私もその雑誌を記念に買いました。

mactown.jpgそうこうするうちに、電車はマカレスフィールドに到着。駅の向こうは小高い丘が連なり、教会の尖塔が見える。のどかな小さい町だった。方角がわからないまま、相棒が適当に「こっちかな?」と歩き出す。町の中心部、ちょっとしたメインストリートはバンクホリデーの為全てお休み。しかし歩いていてびっくりしたのは、こんな小さな町なのに「バング&オルフセン」の直営店があった事。需要があるんだろうか!?

そして、適当に道を曲がったりして歩いていると大きな通りに出た。すると相棒が「あぁ〜、この通り覚えてるよ!もうすぐだ!」方向音痴なはずなのに、こういう時威力を発揮する相棒にしばし呆然。そしてその通り歩いて行くと、本当にcrematorium(火葬場)に到着してしまった。

ian.jpg今年、イアン・カーティスが亡くなって丁度25年。厳密に言うと、彼は火葬されているので墓石ではなく、歩道沿いに埋め込まれた石に名前が刻まれている。彼の命日は5月18日だったので、訪れた人も多く、お花やメッセージが残されていた。その中には彼の伯父さんや伯母さん、従姉妹等のメッセージも見受けられた。「これからもずっと君の事忘れる事は絶対にないからね。愛してるよ」と記されていた。甥っ子の若すぎる死にどう感じていたんだろう。もし、生きていたらイアンも48歳。どんなおじさんになってたんだろうなんて考えたらしんみりしてしまった。また、ファンが残して行っただろうジョイ・ディビジョンの絵はがきや、イアン・カーティスのポートレイトがなんとも悲しく雨に濡れていた。そこで、私は例のイアン・ダンスを彼への手向けにトランスミッションを歌いながら踊ったのである。あまりのアホさ加減に自分に失笑。

ian2.jpgイアンの残された家族、奥さんと娘は今でもマカレスフィールドに住んでると聞いた。そのイアンの名が刻まれた石の横には何も刻まれてない石が埋め込まれている。相棒によれば、奥さんが亡くなった時にそこに入るんだと言う事だった。相棒はこの小旅行中ずーっとイアンの真似して「デベー!デベー!」と叫んでいた。イアンが奥さんのデビーを呼ぶ時にそんな風に呼んでいたんだと言いながら。(笑)

私はこのマカレスフィールドという町が好きです。こぢんまりしてて、雰囲気の良い町です。もしイギリスに住めたらマカレスフィールドに住みたいとも思ったくらいです。マンチェスターに次回行く時も、また同じように電車でイアン・カーティスのお墓参りに行きたいと思っています。

2005年05月29日

●8日目 - マンチェスター

easy.jpg朝一番で行った場所はEasy Internet cafe。easyは英国内あちこちにあるインターネットカフェで、ロンドンでもお世話になった。マンチェスターでもお世話になった。

朝行ってインターネットを始める。すると相棒の顔色が変わった。今日はジョイ・ディヴィジョンのボーカルだったイアン・カーティスのお墓参りに行く予定。しかし、相棒のサーバーがクラッシュして、その復旧作業が急遽始まってしまった。
一緒にお墓参りに行くマークに電話して、時間をずらしてもらった。私は町に出て買い物。何度かカフェに戻ってみるが、復旧作業はまだ終わっていない。

manshop.jpgマンチェスターの中心部のお店は結構ロンドンにもあるショップの支店が多い。Habitatやウィッタード、ラッシュや、Magmaも…。ロンドンでは買い物がろくにできなかったので、一人でショッピングを楽しんだ。

結局復帰作業は夕方までかかり、マーク、そして別行動を取っていたケイシーと合流してカリーマイルに連れて行ってもらった。カリーマイル(ラシュロム)とは、まさにカレーが食べられるレストラン(インドのみならず、パキスタンや色々)がズラーッと並んでいる通り。長い距離にわたって、煌煌とネオンが輝くにぎやかな場所。

cmile.jpgそこで一件のインド料理屋に入り、皆カレーを注文。ちょっとこの旅行、カレーばっかりじゃんと嫌気のさした私は、メニューの中に「西洋料理」と書かれたコーナーを見つける。とはいっても、オムレツだけ。その中でエビオムレツを注文した。インド料理屋でオムレツとは、自分でもちょっと変だと思いつつ。それと一緒にマンゴーラッシーを注文した。しかし、他店に比べて値段がはる。ビールより高いなんて一体どんなマンゴーラッシーなんだろう。と思っていると、なんと、ピッチャーで来た!(笑)オムレツはまぁまぁ、自分で作ったような(そんな美味しくない)オムレツだった。しかしマンゴーラッシーはすごく美味しかった。

お会計のトレーにはメントスが乗っていた。しかし誰も手を伸ばさない。おじさんがトレーを回収しに来た時、メントスをさっと取ると「大丈夫よ、たくさんあげるから」と微笑んで去って行った。お店から出る間際、さっきのおじさんがメントスのたっぷり入った袋を2袋もくれた…(汗)

2005年05月28日

●7日目 - ボルトン

maroom.jpgマンチェスター2日目。今日はケイシーも一緒にお出かけです。マークに連絡すると、まず彼の家に来てくれと指示され、彼の住むウィジントンへ。彼の部屋を訪ねてから朝食を食べに行きました。

私はここでベルギーワッフルを食べました。バナナにチョコレートがかかったワッフル。すごい美味しかったです。ワッフルって日本では何年も前に大ヒットし、あの売店が増殖したと思ったら即消えて行きましたよね。私も好きだったのですが、最後の方ではあの匂いが売店からしてくるだけで不快にもなっていました。しかしワッフル自体随分食べてなかったので注文。味はあのワッフルに近く、もうちょっとふんわりしたワッフルでした。細かく言うと日本の街角で売っていたあれはリエージュ・ワッフルというそうです。
そういえば、夏になるとソフトクリームを売る屋台がよく出るのですが、今回の旅行ではソフトクリームの他、ワッフルも販売しているのを見ました。イギリスでは今ワッフルが流行ってるのか??

朝食後は再び中心部に出向き、ショッピング。まず、前回気に入ったお店、Magmaに連れて行ってもらいました。そして、古着やTシャツ、海賊版DVD?等、色んなお店の入ったビルに連れてってもらったりと、楽しみました。

bolton1.jpg夕方になって、ライブが行われるマンチェスター近郊のボルトンという町へ移動しました。前回もボルトンではライブを行っていました。当時の状況をちょっと説明すると、それはティーンの子ばかりのパーティー会場。しかし、集まった子たちは全身ピアスや怖い系タトゥー。。。ごっつく厳つい子ばっかりが集まっていました。シッポを巻いて逃げたくなった程です。私たちが演奏を始めると「アメリカ野郎!帰れ!」コール…。私はアメリカ人じゃないもんね〜と他人事のように聞いていた。(笑)

しかし「ピンボールの魔術師」のアレンジ(途中で「天国への階段」がくっついた変なやつ)を演奏し始めると、一人がステージ前に来て踊りだし(何故かキッズに混じっていたおじさん)、次々に子供達もステージ前に移動して踊りだした。。正直、こんな盛り上がって逆にビビる自分。演奏が終わった瞬間、あんな憎まれ口叩いてた子達が私たちの所にぞろぞろ集まる。こんなへっぽこベースの私にすら「すごく良かった!」とぞろぞろ来てくれた。
これがきっかけで、私たちバンドはボルトンではちょっとばかり有名なバンドになったのであります。しかも、自分たちの曲じゃなく。(笑)

これ以来、他の英国人が誰も気にしないようなボルトンという小さい町が好きになった。単純な人間です。

今回、そんな子達と再会です。会場に到着すると、前回のパーティー主催者のマーティンと挨拶。前回帰る時に何故かマーティンから「もう二度と会わないでしょう」なんて言われた。それをすごい覚えてるよと言うと、照れくさそうに爆笑。そして「あの後、皆が君たちの事を懐かしんで、また見たいまた見たいって大変だったんだ」

小腹がすいたので、演奏が始まる前に外に出かけた。しかしレストランも見つからず、近所のFish & Chipsのお店に入った。中国人経営のショップで、私はフィッシュを注文。出るまで時間がかかったが揚げたての熱々カリカリ、衣の中はフワフワでジューシーな身。衣の厚さから衣の味、揚げ時間、魚の厚み、何から何まで極上のフィッシュだった。これは後ほど夢に見るまでの美味しさ。世界で一番美味しいFish & Chipsのショップ。

そのショップでは他にもお客さんがいた。多分、自分のクローゼットの中で一番イケテル服を着込んだ田舎の少女といった3人組。慣れないお化粧も頑張ってきたといった風で、おしゃれしてどこに行くんだろうとチラ見していると、「なんだこいつ?」と言った感じで見られてしまった。

ライブ会場のパブに戻る。前回私に一番に握手に来てくれたビリーや前回はまだ15歳で来れなかったというルーシー等と話す私たち。そして、皆の口から出たのは「今回も『ピンボールの魔術師』やってくれるよね!」
ほらみろ〜!私は絶対リクエストされるからと言っていたにも関わらず、相棒は、まさか彼らが覚えてると思えないし、二度も演奏するのは変だからと一度もケイシー込みで練習した事がなかった。しかしこうしてリクエストされてしまった。

バックルームへ行って慌てて「ピンボールの魔術師」を練習。(笑)もう三年弾いてないのでうろ覚え。しかし、ケイシーはルーシーと良い仲になって延々そばにくっついて話し込んでいる。大丈夫かと不安になりつつ、演奏開始。

今回は会場もパブと狭い所だったので、ステージ前所狭しと皆集まる。演奏も終盤にさしかかった頃、案の定「ピンボールの魔術師」コール…。完全じゃないからとたじろぐ我々。しかも、ケイシーはきょとんとしている。それでも治まらないコール。仕方がない、間違えたらごめんねという事で演奏を始めた。ケイシーもわけわからないままドラムを叩く。しかし会場の皆は、大騒ぎだった。

う、嬉しい…こんな喜んでくれるなんて…と弾きながら感無量。私ももっとベース、練習しなきゃな…と反省。そして終了後、ふと会場を見渡すとFish & Chipsショップにいたあの3人組がいた。あ!っと思っていると、向こうも気がつき、私たちがこの為にやって来た事をさとると、こっちに微笑んだ。この為におしゃれしてきたんだと思ったら、とっても愛おしくなった。(笑)

そんなこんなで長い夜が終わった。

2005年05月27日

●6日目 - マンチェスター

manpic.jpgバーミンガムから再び列車に乗ってやってきた所、それはマンチェスターです。マンチェスターピカデリー駅に到着し、ホテルは…再び市中心部からうんと離れたホリデー・イン・エキスプレス。タクシーに乗って取りあえずホテルへ向かう。

機材を持ってタクシーに乗ると、やけにフレンドリーな運転手だった。「君たち、バンド?」「俺も音楽大好きなんだよ」等ご機嫌で話しかけてくる。そしてホテルが遠いせいか「料金は£○○で絶対ホテルまで行くからな。ぼられないよう気をつけるんだぞ。でも、マンチェスターの人間は親切なやつが多いからな。ロンドンとは大違いだ」なんて忠告もしてくれる。ここで久しぶりに饒舌になったのがケイシー。今まで嫌みなイギリス人にばかりあってションボリしていたのに、こんなフレンドリーな英国おじさんに会って嬉しくなったようだ。

ホテルに荷物を置いて、今日は私の友達のマークに会いに行きます。しかし、ケイシーは私たちについて来ず、ホテルで休んでいました。

spanish.jpg所でマークは日本大好き。彼女も日本人。そして、ジョン・ピール・ショーでも曲が流されたり、雑誌にも出てしまうようなミュージシャンです。そんな彼と再会をはたし、この日まずお願いしていたのは、前回連れて行ってもらったスペイン料理のレストラン。お店の名前はわからないけど、ここでパエリヤとぷりぷりなエビのフリッターを食べました。

その後、インターネットカフェへ行ってメールチェックしていると、マークが突然、友達に会わせたいと言い出した。何やら日本人とオーストラリア人のカップルらしい。相棒は「イヤだなぁ〜」と言いつつ、マークのいきつけらしいコーナーハウスというカフェに行きました。

coner.jpgそこでヨウコさん(ユウコさん?)という日本人女性とオーストラリア人男性のカップルと合流して一緒にお茶しました。彼らは日本で出会ったそう。彼氏は日本滞在のビザが切れたかなにかして国に帰らなければならなくなったが、まだ帰りたくない為ワーホリでイギリスに来たという。で彼女の方も、彼を追ってイギリスに来たという事でした。さらに、彼が将来オーストラリアに帰ったら彼女もついて行くつもりだそうです。う〜ん、熱いなぁ。日本から始まってイギリス、オーストラリアかぁ。二人は本当にラブラブで、私たちがいるにもかかわらず見つめ合ったりチューしたり始終ベッタベタでした…。そこで、ふと視線を移すと、マークがちょっと落ち込んだ表情をしていました…。ちなみに、マークは現在大阪とマンチェスターの遠距離をしているそうで、毎日のように彼女と電話で話していました。頑張れマーク!

滞在ホテルについて散々言ったので、コーナーハウスを出てから中心部に近いホテルを探す事になりました。マークに協力してもらいBBCの裏手にあるDAYS INNを予約。翌日ホテルを移動する事にしました。しかも、中心部近くなのに、ホリデー・イン・エキスプレスよりも安かった。

ちなみに、私の異名?migimatronicaはマークが名付けてくれたものです。

2005年05月26日

●5日目 - バーミンガム

lindow.jpg本日とうとうロンドンからバーミンガムのライブ会場(パブ)へと旅立ちます。しかし、時間があるので午前中はやっと大英博物館へ。改装後に訪れるのは初めてなのです。入り口は同じだけど、進んでみてびっくり。奇麗なドーム天井で新しく増築?された部屋もたくさん。しかし私の目当ては相変わらずリンドウマンなのです。2500年前のケルト人のミイラ状になったご遺体です。ロンドンに来ると必ずリンドウマンを訪ね、「また来たよ」と挨拶するのです。実はイギリスを訪ねるよりも昔、NHKで彼のドキュメンタリーを見た事があるのです。その為、何か親しみ?を感じるのです。

次に行くのはギリシャの間です。パルテノン神殿の破風の彫刻群はいつみても素晴らしいです。イギリス人は世界中からお宝を盗んだわけで、これも本来はギリシャにあるべきものなのかもしれません。…ある人に寄れば、内紛などで粉々になってた可能性もあるとは言うけれども…。

そして、楽しみにしていた日本の間へ!

が〜ん、展示物を入れ替えのため閉鎖中。なんでなんだ〜。デザインミュージアムといい、なんでこんなついてないんだぁ。せっかくのロンドン滞在なのになんとも不運な自分でありました。ガックリ。取りあえず韓国の間に入るが、違うんだよ、違うんだよ、これじゃないんだよと心の中でひっそりと叫び、ガックリと肩を落とし後にしました。

気を取り直して、ユーストン駅からバーミンガムへ出発。前回はレンタカーだったが、列車の方がやはり楽しい。しかし、荷物はでかくて重い。楽器とバックパック、私には一杯一杯。相棒もケイシーも、自分の楽器の他なにやら機材をもって、もっと大変でした。

バーミンガムへ到着後、タクシーを拾うためウロウロ。すっかりイギリス英語にトラウマを持ってしまったケイシーは「タクシー乗り場探さないと」と口で言うだけ。相棒は自分で探そうとする。旅行はそれじゃ埒があかないんだよぅ!と、一人無言で大の大人2人を後に、売店のおっちゃんにタクシー乗り場を聞きに行く。な、なんで英語がろくすっぽできない日本人である自分が、英語を話せるはずのアメリカ人をつれて歩かないといけないんだと…。

bristol.jpgこの日のホテルはバーミンガム郊外のホリデーイン。正直、会場となるパブの近所でもない。なんでこんな場所のホテルをとったのか!と相棒をしばし責める。

バーミンガムと言えば、ハート・オブ・イングランド。工業、産業の中心地です。あらゆるものがここで造られました。車のミニ、ジャガー、バードカスタード(カスタードクリーム)、HPソース(日本でいうブルドッグソース)…etc。そんな工場を眺めながらホテルに到着。

ライブまで半日くらいあるが、駅まではかなり遠い。仕方なくホテルの部屋で休憩し、夕方会場に出かけました。パブの名前はバーミンガムなのに「ブリストル・ペア」

今回のライブの主催は相棒の知り合いのバーミンガム大学の教授。教授とは言え、テクノ音楽を作ってるハイカラなおじさまなのです。出演は、おじさま、おじさまの友人、DJ、我々。

しかし…。スタートになっても誰も来やしない。来たのは、我々を見にわざわざダービーからやってきたピーターという男の子だけ。おじさまは大学で、生徒にアナウンスしたそうですが、誰も興味なかったようです。というわけで、ほぼピーターの為だけに演奏する出演者だった…。

bristol_2.jpgこの日、ケイシーは飲みまくり。べろんべろんに酔ってかなり失礼な人間に変貌。自分のドラムセットは片付けず、お手伝いに来ていたおじさまの生徒さんカップルが片付けるし、パブの後ろの空き地から我々に向かって木材は投げるは大変でした。そしてさらに飲むぞと、ピーターとケイシーはダウンタウンに消えました。

こっちは、おじさま、おじさまの友達、生徒さんカップルと一緒に夜中12時すぎというのにインドレストランへ。この生徒さんカップルはどちらもおっとりとした感じの良い二人でした。そして彼氏の方は今年の3月に日本を旅行したと嬉しそうに話してくれました。とにかく日本の料理がとても美味しかったそうです。ただ、くじらだけは食べられなかったけどねって。くじらって、そんな普通に今時食べられるんでしょうか。彼はJRのパスを持っていたそうなので、あちこち行ったみたいですが、地方によったら極普通にメニューとしてある所があるんでしょうか。

すると、すかさずおじさまは「日本は『科学調査』目的で捕鯨してるって言うしな」と軽蔑したように笑い、その場に私がいる事に気がつき、顔色が変わりました。うむ、捕鯨は私もちょっと前まではなんで?って思ったけど、そんなあなた達だって兎やらなんやら食べるじゃないですか…。なんでこっちの人はクジラって言うと目クジラたてるんだろう。

時計を見るとすでに夜中の2時。ホテルへはおじさまが送ってくれる事になった。しかし、薄々感づいていたものの、おじさんは明らかに方向音痴。いくら郊外の遠い場所とは言えホテルに到着しないのです。タクシーで15分〜20分の距離なのに、道に迷い同じ所をグルグル、とうとう「これは狂気の沙汰だ。ちくしょー、なんで行けないんだ。もうダメだ、これ以上君たちを乗り回させるわけにはいかない。悪いけど駅からタクシーで帰ってくれるかい?」

結局、明け方5時、タクシーを拾ってホテルに戻った。(笑)ホテルに戻ると、な、なんとピーターとケイシーがソファとベッドを占領。こっち、寝る場所ないじゃん。おかげで、眠い目をこすって受付へ行き、明け方5時すぎに新しい部屋を用意してもらう変な客となった。
初めてのバーミンガム、ある意味面白い思い出ができました。

2005年05月25日

●4日目 - ロンドン

dm.jpgもういい加減、私を好きな所に行かせてくれ!と爆発し、ロンドン最後の4日目にやっと一人で好きな所に行ってきました。正直一日じゃ全然足りないんだよ…。と思ったら、2時に待ち合わせしようという事で、正味半日もないのでありました。ションボリ。

男二人はウキウキとレスタースクエアにスターウォーズを観に行った。オイオイ、わざわざロンドン来たのにアメリカ映画見るなんて!と、二人を横目に出かけたのであります。まず、最寄りの駅を間違えて到達できなかったデザインミュージアム。

ちゃんと今回はデザインミュージアムに到着。が、しかし!改装中で、オープンしてるのは1フロア分しかないと言われ、土曜日に戻るよう諭される。しかしもう明日ロンドンから出るんです…。ショック。1フロアでもいいので1フロア分として4ポンド(通常は6ポンド)の入場料を払い入館。

spital.jpgやっっぱり1フロアじゃモノ足りないよなぁ…と思いつつ次の目的地へそそくさと出発したのであります。リバプールストリート駅からスピタルフィールズマーケット、そしてブリックレーンの裏側の方に行ってみる。

本当に時間がない。さっさと中心部に戻り、リバティーで母上の土産物を購入し、コベントガーデンのThe Tea Houseでお茶を買う。服だって靴だってまだ買ってない。しかし時間はせまる。Tシャツを見てる時、時間切れとなって相棒達の待つ大英博物館へ…。

正直、男ばかりの旅行に女一人ってのは辛いもんがありまっす。女の子同士だったらやっぱりショッピングだけど、男二人を連れてかわいい雑貨屋や洋服屋なんて行けないです。もし行っても、外で待ってるとか言われて買い物楽しめないし。無念なり。

この時、私は飲まず喰わずでひたすら歩いていたため、博物館よりもまずお昼ご飯が必要でした。大英博物館近くのいかにもなレストランでシーフードフライを注文。
さらにお互い疲れていたので一旦ホテルに戻って休みました。

saatchi.jpgこの夜、再びベンジーと会う。ロンドン最後なのでどうしても行きたかったサーチ美術館に男達を連れて行きました。ここは夜8時までオープンというありがたい美術館なのです。この時はThe Triumph of Paintingという事で、油絵中心の展示でした。廊下を歩いていると、ケースの中にとある写真集の開かれた一ページが見えました。何やら血なまぐさい光景。思わず目を覆ったが、処刑の写真が掲載されていた。そんな写真を見た後、とある一室にたどり着いた。

部屋の前には警備するかのように係員が立ち、入り口の横には注意書きが書いてある。
通路から身を乗り出さない、髪の毛などを落とさない、一人づつ入る…等など。

先ほどみた写真集を思い出し、もしかしたら何かものすごい展示(処刑系、血液系)がこの部屋にはあるのではないかと心臓バクバク。

私の番になり、固唾をのんで部屋の入り口へ来てみると…

ううわあああああああ〜なんじゃこりゃぁ〜!!!!!!!

なんて説明したらいいのか、実際見ないとすごさが分からない所がもどかしい。とにかく血液系やら処刑系ではなく、部屋がすごい事になってる。まるで床に鏡が一面置かれたような感じとでもいうのか、天井、窓の景色、壁が上下対象に広がる不思議な空間。なんのこっちゃ。一人だけ歩ける歩道から、そっと顔をちょこっと出して眼下を見てみる。その瞬間、係員が「そっと息を吹きかけてみて」
なんのこっちゃ?? 息を吹きかけるぅ〜?? しかし素直に「ふぅ〜」とやってみると、下に映っている天井やら壁が揺れる。こ、こ、これは油だぁ!

床に油が一面張ってあったのでありました…。通路から顔を出すと、丁度自分の胸の辺りの高さに油が張ってあるのですが、係の人に聞くと、油は数センチの高さ程度しか張ってないという事です。これには相棒もケイシーもベンジーもビックリ。この為だけに来たと行っても満足だよねと言いつつ、後にしました。

そして、この日の夕飯はピカデリー近くのマレーシア料理のレストランでガドガドを食べました。