2007年10月29日

●秋の夜長の怖い話

昨晩、渋谷で飲み会がありました。集まったのは、以前勤めていた会社の人々。

宴席で、トクニ君に話していた三角形の未確認飛行物体の話をふられました。例の皆既月食の日にみた不気味な飛行三角形の事を話すと、その中で、二人も未確認飛行物体の目撃経験者がいました。

一人はトクニ君。トクニ君がヤンキーな学生時代、UFO見ようぜ〜と友達とどこかの屋上に行っては空を見ていたそうです。(笑)そして、本当に不思議な動きをする光が二つ。それがくっついて一つになった光の塊が上にヒューッと上がって突然消えてしまったそうです。

もう一人は、コバさん。彼は2度程見ていて、一回はキャンプ場での夜、ジグザグ飛行をして突然消えた飛行物体を見たそうです。

さらに、怖い話に及びました。

中でもコバさんの怖い話が…むちゃくちゃ怖かったです…

ある午前二時頃、東名を東京から名古屋に向かって走っていたそうです。バンドのツアーで、車内にはメンバーと運転手をやっていたコバさん。しかし、メンバーは疲れていて皆寝ていたそうです。

途中、中央分離帯に人影が見えてきたそうです。
「!?まさかこんな所に人がいるはずない!幽霊!?」

半信半疑でそのまま車を走らせると、その人影が道路の真ん中に出て来て、車の方にクルッと顔を向けたそうです。そして!!

コバさんの運転する車に向かって歩き出した。
さらに、走り出した。
ものすごいスピードでダッシュしてきて
車にぶつかる!
と思いきや、車を通り抜けていってしまったそうです…

その瞬間、コバさんの肩越しに通り過ぎて行くのが分かったそうです。

うん、私の文章じゃちっとも怖くないなぁ。(笑)コバさんはビックリして速度を落としたそうですが、もし後ろから車がきたら、大事故になっていた可能性も…。

話は変わりますが、私たちの勤務していた会社に西岡さんという方がいました。その方がにしおかすみこのお父さんだとトクニ君から聞いてビックリ。

2007年10月28日

●大喜びの社長

数週間前、SAL便で出した荷物がやっとシアトルに届いたそうです。

箱の中は社長のスナック類がほとんど。スーさんにはキットカット二箱を入れただけでした。そんなわけで、開封したスーさんからは、「スーさんのって…もしかしてキットカットだけなのかな…?」と、ガッカリした雰囲気でした。その前に、社長のスナックとの見分けがついて良かった。(笑)

では、送られて来た画像です。↓

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社長、興味津々!しかし、私が実際に購入したのは、この中で一袋だけという…(笑)

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100%干し草をペレット状にしたものを賞味。うみゃ〜!

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世は満足であった。(という画像らしい。笑)

2007年10月27日

●じょっぱり

hirosaki_6.jpg今回、弘前で私がとても楽しみにしていた事があります。

それは、父ヒロシの家の歴史を探る事。鎌倉幕府で働いていた太郎が起源で、現在も脈々と続く一族の本家は、弘前近郊に居を構えています。

曾祖父の代で分家し祖父の代から東京で、父ヒロシには付き合いのある弘前の親戚は一人もいません。しかし、顔の広いレコちゃんは本家と付き合いがあると聞いていたので、何か面白い話が聞けるはずと、本家が管理する日本庭園へ。

しかし、レコちゃんは家の歴史には全く興味がないようで、そういう話を本家の人とする事もなく帰って来ました。空振り。

ちなみに、アメリカに行くまでは家の歴史なぞ全く興味がなかった私ですが、アメリカに行ってから興味を持つようになりました。

弘前の旅行では、一日目にレコちゃん思い出の土手町、品川町近辺の散策、二日目に十和田湖、三日目に日本庭園と弘前城の公園を見て回りました。

三日間、荷物持ちで腕から肩がカチカチ。しかし、帰りのはやての車中、レコちゃんが「重いものを持たせて悪かったね。文句一つ言わず、エラいねぇ〜。エンジェルちゃんだね〜」

…エンジェルちゃん!?ブーッ!(笑)喜んでくれたので、伯母孝行が出来て良かったです。

そして、レコちゃんは大喜びでこう言いました。
「今度から、みーちゃんが帰ってくる度にどこか旅行しようね」
…大丈夫かな…

弘前でよく見かけた単語があります。お店の名前だったり、お酒の名前だったり。それは「じょっぱり」という言葉。強情張り(ごうじょっぱり)からの「じょっぱり」だそうです。

津軽人ってじょっぱりが多いのかな?

2007年10月26日

●弘前での頼りない元ジモティ

hirosaki_2.jpg伯母は、10代のほとんどを弘前で過ごしたそうです。今回も、父ヒロシからは、弘前の事は伯母(通称:レコちゃん)に聞けば分かると言われてついていきました。

しかし、到着してレコちゃんが一言。
「外国に来たみたいだね〜」

町が変わりすぎて、全く分からない様子の元ジモティー。頼りない事限り無し。(笑)

ホテルは、土手町のパークホテル。清水圭とロケ隊も丁度同じホテルに宿泊していました。

レコちゃんを初めヒロシ一家は、その当時私にとって曾祖父の経営する料亭兼自宅に住んでいたそうです。場所は、品川町にある大成小学校の校庭裏。

ホテルに荷物を置いて、昔住んでいた家に出発。しかし、ズンズン逆方向に歩くレコちゃん。母と私は、もちろん元ジモティーのレコちゃんについて行くだけ。

途中で「あれ?蓬莱橋?もしかしたら行き過ぎかも?」

エェ〜レコちゃん!母と突っ込む私。(笑)結局、大分遠回りして、その住居跡に到着。その敷地には現在三軒の家が建ち並び、レコちゃんは周辺の変わりようにビックリしていました。

hirosaki_4.jpg町の余りの変遷に戦意消失したレコちゃんは、ただひたすらりんご等のお土産を買う事に生き甲斐を見いだしていました。りんごを一度に15個も買ったり、重いものを次から次へと…

結局、私が持つんだよね?アハハ〜アヘ〜
レコちゃんがお嬢様育ちのせいか、普段から大量買いなのか良くわかりませんが、三日間こんな状態で終始しました。

弘前の印象は、人が親切で温かくて良かったです。やっぱりどことなく顔立ちも関東の人とは違うし、言葉もちゃんと耳を意識させないと理解できないし、伯母とは受け取り方が違うけど、ちょっとした外国旅行といった感じでした。

hirosaki_5.jpgさて、弘前にはじゃっぱ汁を始め、面白い名前の食べ物がたくさんありました。一番びっくりしたのは…

「けの汁」

しかし、実体は毛の汁ではなく(当たり前だ。笑)、細かくカットされた山菜や野菜たっぷりの汁でした。別名かいの汁とも呼ばれ、元々は小正月の食べ物だそうです。しかし、メニューに「けの汁」の文字を見つけた時の衝撃と言ったら…!

2007年10月25日

●弘前で苦行

hirosaki_1.jpg昨晩、青森県の弘前から帰って来ました。伯母のお世話は、まるで苦行のようでした。現在、外出時には動くベッドか車イスが欲しいと思う位、衰弱中のみぎぃです。(←画像は特急つがる)

まず、23日は東京駅から「はやて」に乗って三時間で八戸へ。その後「特急つがる」に乗り換えて、二時間かけて弘前へ。

特急つがるの中で、私は知らないおばちゃんと同席しました。このおばちゃんは、外を見ながら独り言をずーっと言っているのです。正直、イヤな人とお隣さんになってしまったと思いました。

「人間の皮を被ったモンスターだ。笑いたければ笑え。ね、次郎〜」
「人の不幸を笑って楽しいか?暇だねぇ〜暇人だねぇ〜。ね、次郎〜」

…コワイヨ…。一体、誰に話しかけているんだろうと思ったら、おばちゃんの足元にキャリーが置いてあり、その中にはプードル犬が入っていました。

途中、昔流行ったプラダのバッグからメモ帳を取り出し、何かを書き記すおばちゃん。どんなメモをとるんだろう?と興味津々。一瞬だけパッと覗いてみると(おばちゃん、ゴメンなさい)

そこにはこんな文字が↓
「かかしのテクニック」

かかしのテクニック!?読みたい!!激しく読みたい!(笑)

そのおばちゃんは「阿部ちゃん待ってるかねぇ〜?次郎〜?」と言いながら、青森で下車しました。

今回の旅で、私がまだ元気だった頃のお話でした。

弘前編、続く?

2007年10月21日

●下町探検、三ノ輪(後編)

三ノ輪の続きです。

母は浅草生まれで、祖父母から「行ってはイケナイ別世界ゾーン」というのを教えられていたそうです。今回、三ノ輪駅からおばあちゃん家の周辺以外も散策したいと話したら、別世界ゾーンに足を踏み入れないよう注意されました。(笑)

ゾーーーーーーーーン!そんな緊迫の散策途中で撮った衝撃の1枚は…崩壊寸前の家(左)↓

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商店街に近い場所にあったけど、これもある意味別世界。(笑)すごい建物が残っていたもんだ〜。右は、ビール箱がうず高く積まれたある種のアートな壁

面白いもの?発見。普通の民家に見えるけど…
軒先に積まれた小さい箱見ると!?

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人形の頭!箱の大きさは5センチ程度でした。普通の民家は、人形の型取りの工房も兼ねているようです。

母から、出かけに日光街道に古い川魚屋さんがあると聞いていました。聞いた方面に行くと…あった!うなぎの蒲焼きを店先で炭火で焼いている、丸善(まるよし)さん。お店の写真は撮れませんでしたが、本当にこれまた古そうなお店。

実は、ベリーちゃんと三ノ輪界隈の話をしていました。中でもうなぎ好きのベリーちゃんは南千住にある尾花という有名うなぎ屋さんに興味津々。そんな話をしていたので、うなぎを見つけてワクワク。しかも炭火で焼いている香ばしい香りが…

思わず通り過ぎたものの、戻って、串焼きの前で立ち止まりました。目に入ったのは、ショーケースに入った1100円と1200円の蒲焼き。おじさんに聞くと、目方の違いでした。(100円の違いって微妙…!?笑)というわけで、大きめを購入。奥のショーケースには、佃煮が各種入っていました。

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というわけで、メンチカツうなぎの蒲焼きの匂いをプンプンさせて帰宅。(笑)

メンチカツもサクサクジューシーで美味しかったし、うなぎの蒲焼きにいたっては、江戸っ子味のタレも良し、備長炭の炭火で焼かれた香ばしくてふわふわのうなぎで美味でした。

結論、下町には旨いもん多し!
実は、今回買わなかったけど、とっても気になったのはパンのオオムラの惣菜パン。コロッケパンがやたらめったら美味しそうでした。腰の曲がったおばあちゃんが元気シャクシャクで働いていたり、老人主導の町三ノ輪。店先では店主とおなじみさんが会話していたり、こういう下町の雰囲気が温かくて良かったです。

三ノ輪の画像は→三ノ輪画像

ではでは、明日から数日、家をあけます。

2007年10月20日

●下町探検、三ノ輪編

minowa.jpgディープな下町探検をしてきました。その下町とは、祖父母が住んでいた三ノ輪。

まず、日比谷線三ノ輪駅で下車。地上に出ると、すぐ日光街道と明治通りの十字路。それを右に曲がって、狭い路地を通り抜けてジョイフル三ノ輪という商店街へ。

下町っぽい生活感溢れる店先が並びます。しかし、残念な事にシャッターが閉まっているお店が多いです。お兄ちゃんが兜をせがんで買ってもらったお店もないし、従妹と私が、初めてマニキュア(子供用)を買ったお店もないし、お年玉をもらうとすっ飛んで行ったおもちゃ屋も、今はありません…。

でも、そんななかでも昔と変わらず残っているお店はあります。まず「とりふじ」というお惣菜屋さん(1,2)。店先には様々なお惣菜。揚げ物多し。アジフライ、コロッケ、手羽先、焼き鳥、あゆの塩焼き…。腰の曲がったおばあちゃんも元気に働いています。

子供の頃、ここを通る度にお惣菜を買ってみたかったんだよなぁ〜
というわけで、夢を叶えました。メンチカツ、買い占め!とはいっても、4つですが。(笑)

さて、時間はお昼。思いっきり空腹状態で砂場というおそば屋さんでそばを楽しもうと思った為、飲まず食わずで家を出ました。腹ぺこ…。

砂場は、実はアメリカに行く数年前に、イギリス人の友達を連れて行った事があります。平日で、店内は私たちだけ。すると、店主のおじさん(長岡さん)がやってきました。

「どちらの国の人?」から始まって、外国の話で盛り上がりました。その調子で、調理場まで見せてくれるおじさん。江戸時代?から継ぎ足し継ぎ足しでやっているつゆの入ったかめや作業場を拝見。貴重な体験をさせていただきました。

minowa_2.jpg今回は、店内混み混み。週末祝日は、サービスで天ぷらのエビがいつもより大きいらしい!(笑)もちろん天ぷらそばを注文。ウチのおばあちゃんが出前を取る場合は必ずココだったので、私にとっては懐かしい味です。しかし、その砂場が有名店だとはつい最近まで知りませんでした。(砂場のなぞのショーケース

その後、砂場の間を入って、おばあちゃん家方面へ。

途中にあった駄菓子屋は残念ながら廃業。おばあちゃんからお小遣いをもらっては、あそこで従妹とお買い物を楽しんでいたんだよな〜。

時代とともに町が変わるのは当たり前だけど、それが活性化されず、商店街の中であっても廃業したらそのままの状態はちょっと寂しいなぁ。でも、昔ながらの下町の空気は健在!

続く!

※注:今日の文中リンクは、すべてFlickrの私の画像にジャンプします。